Q:どのようにして、私たちは人間関係を理解する状態に至るのでしょうか?

 

バガヴァン:心理学もしくは哲学のすべてを合わせてもってしても、それによって人間関係が整うということはないでしょう。まず第一に、人間関係を理解しようと試みることは、玉ねぎの皮を剥くようなものです。みなさんは玉ねぎの皮をむき続けていくことは出来るでしょうが、最終的にそこに残っているものは何もないでしょう。みなさんは他者を体験するアート(技、art)を学ばなければなりません。もしみなさんがみなさんの夫や妻を体験するということを学ぶならば、その体験以上に偉大で深遠な喜びというものは、この惑星上には存在しません。しかし、問題はみなさんが人間を体験する方法を知らないというところにあります。みなさんはつながった感覚というものを感じていません。私はこれまでよく、あるカップルの例、野菜の行商人を妻に娶ったある医者の例をお話してきました。女性は例を見ないほど醜い人でした。彼女は汚い言葉しかはなさず、とても不潔で下品でした。彼らは25年間結婚していました。彼らは私がこれまで知り得た中でも最も素晴らしいカップルです。というのもその医者である夫は、妻を毎瞬毎瞬体験しているからなのです。彼は、育ちが良く美しく着飾った女性たちの中にあっても、そういう女性たちの誰よりもむしろ彼女のほうが好きでした。なぜなら、もし彼女が自分の妻であれば、自分は彼女を体験することができるということを彼は知っていたからなのです。それがかれが彼女と結婚し、また逆も然りで彼女が彼と結婚した理由なのです。そう、ですから人々はお互いを体験する方法を知らないのです。もしあなたがご自分の妻を体験する方法を知っているなら、たとえ彼女が小言を言おうが、金切り声を上げて叫ぼうが、あなたに対して大声で泣きわめこうが、それは最も素晴らしいあるひとつの体験となることでしょう。同様にあなたの夫があなたを悩ませ困らせたとしても、もしあなたが彼を見ることができ、彼を体験することができたなら、それは喜びになります。それが唯一みなさんがみなさんの人間関係を整えることのできる方法なのです。なぜなら、その後は、見ること、体験することが喜びの源になるからです。

                           (出帆出版Evenings..から転記)